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2007.04.30(Mon)



 海の近くに咲いていた桜は強く吹く潮風に早くも葉桜となり、海岸沿いの道路に満開の名残を落としていた。鉛色を侵食する白い花びらも、やがてどこかに姿を消すだろう。その頃には私の着ている服も一枚薄くなっているかもしれない。首に巻いたストールが風に遊ばれるのを感じながら、私は大学へ向かった。

 今日はゼミがある。20名の少人数クラスでそれなりに仲もいい。日本全国津々浦々、色んなところから集まってきているから方言も飛び交っていて飽きない。教室に入ると、あちこちからおはよう、と明るく声がかかる。それに応えながらいつもと同じ席に座った。すると後ろから肩をたたかれ、
「よう。今日も眠そうやん。バイト疲れ?」
「ううん、昨日はバイト休みだったし。てかそっちこそ眠そうだよ」
 くるん、とかるくウェーブのかかった髪を掻きながら光基(こうき)はああ、と言い、
「寮の連中と飲みやったから。あ、酒臭くない? まだ少し残ってる気ぃする」
 はぁー、と口元に手を当てて、酒気が残っているか確認する。別にお酒の匂いはしなかった。ちらりと同じ寮生の兼子くんを見てみると、彼は机に突っ伏して他のゼミ生にからかわれていた。彼のお酒の強さはゼミコンで目の当たりにしたから(最初から生中を注文し、日本酒、焼酎と飲み続けていた)、ちょっと信じられない。どれだけ飲んだんだろう。
「今日多分何人か休んでるで。朝潰れとった奴らは置いてきたしな」
「……どんだけ飲んだの」
「まぁそこは推して知るべし、やな。やっと手に入れたゆず焼酎が旨くって瓶空けてもうたからなぁ。あ、今度また買ぅた時は紗希も一緒飲もうな」
「あたし泡盛の方が好き」
「出たのんべぇ発言!」
 あはははと二人で笑っていると、何なに、と他のゼミ生が集まってくる。春の陽だまりの中で見る蝶のように、私たちはひらひらといくつもの話題の上で舞っていった。


 ゼミが終わり次の講義を受けに教室を出ると、光基と兼子くんが逆方向に向かうのが見えた。次の講義は必修のはずだけどな、と声をかける。すると光基が苦笑いを浮かべて、
「コイツがしんどい言うから。サボりサボり」
 見ると兼子くんが辛そうにうなずく。一刻も早く布団で寝てしまいたい、というオーラを出していた。それがやけに哀れを誘って、持っていたペットボトルを差し出す。
「水。ちょっと飲んじゃってるけど」
 兼子くんは緩慢な動きで私を見て、逡巡してからありがたく、と受け取ってごくごく飲みだした。上下する喉仏にちょっと見惚れていると、授業の開始を告げる予鈴が響く。
「紗希、授業始まったで。行かんでええの?」
「あー、うん、そうだねぇ」
 必修科目だけど、出席確認しないしな。そう考えてからサボることに決めた。
「今日は自主休講にする」
「便利な言葉やなぁ。ほんなら一緒に学習室にでも行く?」
「そだね」
 学習室は図書館内にあって、学生証を持っていて三人以上いれば誰でも使える。本当は話し合いや調べものをする時に使う部屋だけど、個室になっているから空きコマの時に休憩室として使うことが多かった。まぁ、個室とは言えドアの上半分はガラスだけど。

 学習室は長机と、それを挟むようにして椅子が三脚ずつ並んでいるだけの殺風景な部屋だ。兼子くんはその椅子のうち片側三脚を並べて寝そべってしまったから、私と光基はもう片側の椅子に腰掛ける。
「兼子くん。どんだけ飲んだの?」
「……たくさん」
 それは分かる。兼子くんは普段からこんな風に寡黙だけど、今日は二日酔いも手伝って更にひどい気がする。ただいい具合に掠れた声がちょっと、いい。
「たくさんて?」
「……いっぱい」
 言葉を引き出したくて尋ねてみたけど無理のようだ。とりあえず寝させよう、とこれ以上兼子くんには話しかけないことにした。けれどこのやり取りを見ていた光基が笑って、
「コイツ今病んでんねん。ほんでこれ。馬鹿やろ?」
「……うっさい」
 黙れ、と凄んでみても全く効果はない。まぁとりあえず、兼子くんは悩むようなことがあってヤケ酒したってことは分かった。その当人はあーとかうーとか意味を成さない言葉を発しながら上半身を起こし、ペットボトルを傾けている。その右手薬指には光るものが。
「なに、彼女のことで?」
 興味本位で訊いてしまってから後悔した。これで当たりだったらフォローが難しい。あたしの馬鹿! なんて内心思っていると、兼子くんが違うときっぱり否定してきた。光基もコイツんとこ仲ええからまだ別れるような心配ないわ、と笑っている。なんか、それはそれでちょっと面白くないような。
「じゃあ何?」
「うーん。簡単に言うと進路、やろな。な?」
 話を振ると兼子くんは少し首をかしげて、多分、と答える。それからまた水を一口飲み、机に片肘をついた。どうやら話してくれるらしい。
「……俺、いま企業就職考えてんだけど」
「うん」
「それって、妥協に妥協を重ねて決めた進路みたいな気がして……。やりたくないことから逃げた結果だよな、って」
「コイツ真面目やから。そんなん思ったかてしゃあないやん」
 光基はそう言うと犬猫を追いやるような仕草をした。兼子くんから漂ってくる重い空気を散らしたかったのかもしれない。私はと言えば、掠れていた声が普段通りのものになってしまったことを残念がりつつも、少し驚いていた。      
「それ、あたしも丁度考えてた。それで折角のバイト休み無駄にしちゃったし」
 ヘぇ、と二人がもの珍しそうにこちらを見てくる。
「あたしの場合はさ、教職になりたくってこの大学入ったんだけど。でも、履修とかすごく複雑だったし何かと制限あったじゃない? まぁ、広く勉強するうちに他にやりたい事が出てきたってのもあるんだけど、それで結局断念しちゃって。今は児童系の施設目指してるんだ」
「……俺も似たような感じだけど。何かさ、自分が情けなく思わない?」
 確かに、私は妥協したのかもしれない。他にやりたい事と言っても、楽な方を選んだことには違いないのだから。
「そりゃ情けないとも思ったし自己嫌悪にも陥ったよ。あたしこんなんでいいの、って」
 隣で光基が感心したような息を漏らした。彼はこういうことは考えないんだろうか。考えたとしてもま、いっか、の一言で全部片付ける気はするけど。少し羨ましく思いながら、兼子くんに再度向き合う。
「……でも、どっかの施設でも企業でも公務員でも、自分の『やりたいこと』を根本に持ってればいいんじゃないかなぁ、ってさ。職種は違っててもそれさえ揺るがなきゃいいんじゃない、って吹っ切った」
 根っこが同じなら咲く花も似るはずだ! と考えることに疲れた頭で言い切って、そのまま寝てしまった。一晩経って考えてみると私も大概いい加減だ。兼子くんは眉間にしわを寄せて、どこか複雑そうな表情をしている。
「ほれ見ぃ、紗希のこの単純明快な答え。お前は何でも考えすぎや」
「俺もちょっと、自分が馬鹿だったと思った……」
 その言い方は、遠まわしに私のことを考えなしだと言いたいのだろうか。釈然としないものを感じながら、何となくドアの方を見やる。丁度ビニール袋をぶら下げた学生が歩いていった。そういえばお腹すいたかも、と思うと途端甘いものが食べたくなるから不思議だ。そういえば売店で和菓子フェアやってたっけ。それを言うと、
「おっ、じゃあ兼子の快気祝いやるか?」
「あたし『さくらいちばん』飲みたいなー、兼子くんの奢りで」
「何で俺……」
 しかもまた飲みかよ、という声は黙殺して席を立つ。三人連れ立って学習室を後にした。兼子くんはどうやら酒気が抜けてきたようで、さっきよりも足元がしっかりしている。
 図書館を出ると予想外に強い風が首のストールを吹き上げて、その鮮やかな新緑色を視界いっぱいにはためかせた。慌てる私を見て光基と兼子くんが笑う。いつもだったら怒るとこだけど、何となくおかしくって私も一緒に声を上げて笑った。



 ひらひらと色とりどりの花に囲まれて舞う蝶も、必ず蜜を吸う花を決めて羽をたたむ。私たちだってそうだ。いつまでも春の陽気に浮かれてなんかいられない。希望を感じさせる光は、冬になるにつれてその温かみを失うことを知っている。
 けれど、惑いながら決めた道を行くことに意味があるのだということもまた、私たちは知っている。だから後、もう少しだけ。
 この春を感じながら、まどろませて。












※ この作品は競作小説企画「春祭り」に寄稿させて貰っています。 



        
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